【日本人とさくら】③桜と『日本の価値観』の関係は武士道からつながる☆

こんにちは、 お元気ですか? hikarunです。


ブログをしばらくお休みをしてしまい、ごめんなさい。m(__)m 久しぶりのブログ記事ですが、どうぞ、よろしくお願いいたします~♪



季節はすっかり美しい花の景色から眩しい青葉、緑の季節に移り変わり梅雨の季節も、もうすぐですね。あの桜の木々もすっかり濃い緑に覆われ逞しく見えます。



残念ながら今年の春は新型コロナウイルスの影響で花見だけでなく、GWや土日も外出自粛のためお家で過ごす日々でしたね。


来年は、桜の花見も、GWの旅行も、例年通りにできることを心より願ってやみません。



それでは、『日本人とさくら』のシリーズ第3弾です。桜のシーズンもすっかり過ぎてしまい、時期遅れで申し訳ございません。


前回の記事で「日本の美意識」と桜の関係性をご紹介しましたが、もう一つの「日本の価値観」について説明ができなかったので、


今回その続きをご紹介させていただきます。参考書や論文は下記に記載していますが、「日本の価値観」については主に「武士道」の精神を中心にお話しています。


その『武士道』の著者、新渡戸稲造は当時(120年前)武士道の未来をこう予言したそうです。



「武士道の影響力が地上から消え去ることはなく、その象徴たる桜の花と同じように、風に吹き散ってしまった後も、その香りは残って人びとの暮らしを豊かにするはずだ」と。



現代語新訳の訳者関岡さんも述べられていますが、この言葉が現代も今なお受け継がれていると強く確信したのが、あの2011年の東日本大震災の時の日本人の「絆」でしょう。


甚大な災害にもかかわらず、人々は規律正しい行動を行い、自らと同じように他人を思いやる心で助け合い、繋がっていきました。


その姿に世界中の人達が感動し称賛しました。そのような日本人の根底にあるものこそ、今も息づいている武士道の精神なのかもしれません。


今回も桜の花との関係性を掛け合わせ「日本の価値観」をご紹介します。あなたに少しでも楽しんでいただければ幸いです。

その前に、前回までの桜シリーズの記事がまだの方は、良かったら、こちらからどうぞ~♪

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「日本の価値観」とは何か

まず、桜と日本の価値観の関係性についてご紹介する前に、日本的な価値観の起こりについて少しふれておきたいと思います。


「日本の価値観」って世界的に見ても珍しく独特的であると言われています。どんな特徴があるのでしょうか、順を追って見てみましょう。


そもそも価値観というものは、属する団体、あるいは住む環境や国によって異なっています。


しかし、現代ではむしろ個人的な価値観を求めることに重きが置かれ優先されているようですね。


ただ、国や社会的な価値観を理解することで個人の価値観の差異や類似に気づけるようです。


つまり、国の価値観を知ることは、より自らの価値観をも理解できるようになると考えられます。


そこで、あなたにご質問です。「日本の価値観」についてどんな要素がありますか?少し考えてみてください。


日常の生活が日本なので、あらためて価値観を意識することはなく、気づきにくく、なかなか難しいですね。


多分、海外旅行に行ったり、海外駐在生活だったりすると異文化に触れるので気づく事も多いのかもしれません。



結果は、一番多かったのが協調性の「和」を重んじるです。


あと、恩人には「恩義」を尽くすや、細部までこだわる「こだわり」、恥ずべき行為は行わない「恥の文化」、徳を持って生き抜く「武士道的美意識」等々、が代表的に上げられました。


ほかにも時間や締め切りを守る「勤勉・実直」など日本的価値観としてありますね。



そして、これらの「日本的価値観」に良くも悪くも私たちは影響を受けていると言えるようです。


例えば、現代でも、自分のことのように相手に気遣ってあげる「和」の精神であったり、


ひとつの物事を作りだす場合、細かい作業で洗練させて高品質を生みだす「こだわり」


他人の目を意識しすぎる世間体は「恥の文化」としてあげられるでしょう。


こうした「日本の価値観」は、日本独自の特徴を持った価値観で諸外国にはあまりみられないものです。


そのため、外国人には少々異質な考え方として捉えられてしまうみたいです。どうしてそのようになったのでしょうか?



それは、日本という国が歴史の始まる前から 国体というものが変わっていないからだと考えられています。


もちろん、政治を行う者、政体は変わってきましたが、国体、つまり、国のあり方は天皇制でずっーと変わっていないのです。(現在は象徴天皇制)


これは世界的にも珍しく唯一の国といわれています。そのこともあり、日本では前述した特徴ある様々な価値観が生まれ育ち、現代も受け継がれているようです。



特に江戸時代には日本独自の価値観が確立されていきます。その時代は長崎の出島に僅かの外国人居留地を許すのみで、他の諸外国とは関わらず約260年余りの鎖国体制の中、徳川太平の世が明治維新まで続きました。



そのため日本のオリジナリティな価値観が発達しやすかったと考えられます。その価値観の中でも「武士道的美意識」による「価値観」は今もなお日本社会の基底に残っていると言えるでしょう。

「日本の価値観」と桜の関係性

では、本題の「日本の価値観」と桜との関係性について見てみましょう。


昔から人々に愛されてやまない桜の花は、日本の価値観という観点からも共通するところが多いようです。



その価値観を表す要素の中で、今回は「義」と「忠義」についてご紹介したいと思います。

「義」と「忠義」、よく聞きますね。そう、あの「武士道」武士の世界の価値観になります。なぜこれらがあの美しい桜の花と関係するのでしょうか。


「義」と「忠義」の意味を見ますと、

    

「義」とは「人としての良心・倫理にかなっていること、正しい道理」

「忠義」は「自分を犠牲にして主君に使えること」となります


二つの要素を一緒にして「自分の利のためでなく公のために尽くす、個は目立たずも集合体として帰属し主君に価値を成す」となります。


これを、桜の花にたとえた場合、「桜は一つ一つの花では目立たないが、集合体ともなれば とても美しい木となる。さらにそのような桜の木々が集まればより一層の美しさを増す。そして深い感動さえも与えてくれる。」とみなします。



武士にとって桜の美しさは自らを重ね合わせた感慨深いものだったようです。では、「義」と「忠義」、これらの価値観についてもう少し詳しくみてみることにしましょう。


注記) 今回のテーマのための資料は『武士道』新渡戸稲造(1900年)、『代表的日本人』内村鑑三(1906年)、『茶の本』岡倉天心(1906年)、日本人の価値観 (異文化理解の基礎を築く)原聰(2013年)、人類哲学序説 (岩波新書) (日本語) 新書 梅原 猛(2013年)
『日本的価値観とは何か』『武士の儒教的エートスと近代化』などの文献、論文を参考にしています。ご紹介の『武士道』・『代表的日本人』・『茶の湯』は三冊を一つにまとめた、現代語で分かり易く翻訳されています。三冊とも明治のベストセラーで、特に海外や外国人と関わる方、お若い方、日本人を知りたい方には良書です。

現代語新訳 世界に誇る「日本のこころ」3大名著 ──茶の本 武士道 代表的日本人

「義」の世界観

最初に「義」ですが、これは武士の世界では最も重要視されていました。「正しい道の条理であり、利害を捨てて公のために尽くすこと」です。


武士道では、武士の時代に日本をリードする者としての義務や掟がありました。それを、7つの徳としてあげてます。



7つの徳とは「義・勇・仁・礼・誠・名誉・忠義」であり、武士はこれらの徳を守らなければなりません。徳とは人間として気高い精神性を持つことです。


そして、武士道の「義」は7つの徳の中でトップにあげています。この「義」は儒教においても重視されており、儒教の「五常」である「仁・義・礼・知・心」の中に入っています。武士道もまた儒教の影響を強く受けているため「義」を非常に重視したのです。


現代ですと、この「義」「倫理観」「道徳」「モラル」などがあてはまるでしょう。スポーツマンシップ、フェアプレイなど「義」に値するでしょう。あと「義」と対局する概念が「利」となります。損得勘定や打算的さを指します。


では、なぜこれほどまでに「義」は武士の世界で重要視されたのでしょうか?それは、歴史的にみると武士の時代がとても長かったことと、トップリーダーであったことが理由として挙げられます。


「武士」=サムライの世は、平安時代中期から始まり江戸時代末期まで続きます。そして、武士・武家が定着するのが、鎌倉時代、源頼朝が初めて武士による政治を行ってからです。(鎌倉時代1180~1336年) 


その後、室町時代、安土桃山時代、徳川家康に始まる江戸幕府から幕末まで(江戸時代1600~1868年)、約700年近くに渡り武士の世は続きます。


特に江戸時代は身分制度の士農工商(現代の歴史本では記載されていません)に似た、明確な階級制度がありました。その階級のトップクラスが武士です。そして、武士は特権階級でもありました。


当時の日本の武士は僅かです。(国全体の7%程) テレビドラマの時代劇はおサムライさんのお話しばかりなのでたくさんいるようにみえますが…


国や藩、町や村のリーダー的存在の武士が誤った道を歩むと世の中は混乱してしまいます。だから、精神性を高め道徳観を持って全体をまとめていく力が必要でした。そのため、「義」はとても重要視されたわけです。


余談になりますが現代も「義」は活きていると思いますか?残念ながら、この「義」は現代失われつつあるのではないでしょうか。


なぜならば、不景気の頃から政治や企業、団体施設による不祥事のニュースが次々と続いています。「義」というものが弱まっている、と残念に思います。これは、きっとあまりにも「利」を追求してしまった結果ですね。


このように「義」が欠けると大きな失態や損失を招いてしまいます。そのため、日本は昔から「義」を大変重んじてきたと言われています。



昔の人は「義」を軽んじた物事は一度失われると大きな損失を招くとよく承知していたんですね。「正義」「信義」「道義」「恩義」など人の道で「義」を付けた言葉が多くあるのも納得します。


もしかしたら、サムライたちは、あの桜の花の可憐な清々しさ、一本の木に集まった美しさをそのまま「義」に通じる真の純粋さや、良心を重ね合わせた花として見ていたのかもしれません。

「忠義」の世界観

次は二番目の「忠義」について見てみましょう。


「忠義」とはまごころを持って主君や国に使えることです。忠誠も同義で、こちらは忠誠心としてよく使われますね。


日本は明治維新まで、封建社会でした。封建制では、主君と家臣の上下関係において「忠義」を持ってその関係性を保ちます。つまり、国や主君のために自分を犠牲にして真心を持って仕える、と言うことなんです。


現代では受け入れにくい価値観で「忠義」に対して反感を持つ人は多いでしょう。『武士道』の新渡戸稲造も、「私たち日本人が抱く忠義の観念は、他国ではほとんど賛成者を得られないだろう」と述べています。明治時代に記してそうなのですから、現代ではなおさらですね。


ただ、面白いことに、新渡戸は「私たちの観念が間違っているからではなく、今や他国では忠義はすでに忘れ去られてしまったか、日本人は他のいかなる国も到達できなかった高さまで発達させてしまったからである」と日本人は「忠義」の高いレベルまで到達したため外国では理解されにくいとも述べています。


そんな高いレベルの「忠義」の世界は、封建制の世の中だけのものと思ってしまいますが、現代の民主制の世の中にも残っていると言われています。


この「忠義」の観念が現代にも引き継がれているのが、たとえば、戦後の日本の高度経済成長の発展が挙げられます。


この時代の労働者の企業精神の中核は「忠義」であり、それによって日本は経済大国へ成長できたと言われています。当時は世界でも類を見ない経済成長ぶりで非常に驚かれたものです。


ただ、この「忠義」の要素も「義」と同様に時代とともに弱まっているようです。しかし逆に、今もなお会社のために、または団体やチームのために物事を優先し、個人のことは後回しにしてる、というところはたくさん有り見受けられます。


日本社会が帰属する会社や集団のために個人の時間や自由も犠牲にするのも「忠義」の観念がまだ残っているからだとも考えられます。


最後に、この「忠義」を桜との関係性でみた場合、「桜の花ひとつひとつでは人目を惹かないが、一本の桜の木に集まり咲き、さらには他に何本も集合し咲き誇ると最高の美しさを表す」と、自らは犠牲にしても帰属集団を称えて成功とする。


昔のおサムライさんや企業戦士達は武士道の「忠義」をもって、この様に桜を愛でたのかもしれません。

まとめ

以上、「日本人とさくら」シリーズの「日本の価値観」についてご紹介いたしましたが、いかがでしたか?


今回はさくらとの関係性から「義」と「忠義」について解説しました。「義」「正しい道の条理であり、利害を捨てて公のために尽くすこと」また、「忠義」は「まごころを持って主君や国に使える」でした。



これらの価値観から桜の花にたとえて、「一つ一つの花では目立たないが、集合体ともなれば とても美しい木となる。さらにそのような桜の木々が集まればより一層の美しさを増す。そして深い感動さえも与えてくれる。」とみなしました。


前回の「日本の美意識」は、歴史的にもっと古い時代の要素をご紹介しましたが、今回の「日本の価値観」は武士の時代に確立されたものです。


しかし、哲学者の梅原猛さん(2019年1月没)は、武士の本質は美である。日本人の価値観は、美意識にあるといいます。日本人は、真善美の価値基準の中で美に重きを置くと。そして、美しく死にたいと日本人は願う、というのです。


それは、武士にとっては命をかけて生きること、美しく死ぬために生きることを指しています。すなわち、毎日を真剣に美しく生きるということに繋がっていきます。


このことは武士が「武士道」の徳「儒教」の教えを守りながら、常に真剣を腰に差して日常を過ごしていることから、武士の思想と刀の影響力から身につけ体得していったものとも考えられます。


余談ですが、当時武士が日常生活で刀を抜くということは、ほとんど無かったそうです。テレビ番組の時代劇では始終チャンバラ劇をしてますから、物騒な世の中と勘違いしますよね。刀は人の命を奪い取る強い影響力を人々に与えてしまう、と武士はよーく自覚していたようです。


おわりに、さて、あなたにとっての個人的な「価値観」ってどんなものでしょうか。「日本の価値観」の影響をどのくらい受けていますか?自問自答して自らの価値観を深めてみるのも楽しいかもしれません。私たちは、人生を通して色々な価値にふれることで自らの価値をあらためて知り、人生を豊かにすることができると思います。

そして、それがどんな人生であろうと、私たちは自由に価値を選択することができます。状況が良くも悪くも、その時どんな態度で価値を選び実現するかという自由が私たちにはありますね。人間らしく自らが納得できる態度で良い価値を獲得できることを願っています。

それでは、今回も長文になりごめんなさい。
最後までお付き合い頂いた方、本当にありがとうございました。m(__)m
次回、またお会いしましょう~♪
どうぞ、お元気でいてくださいませ。

ごきげんよう~♪ ひかるん、るん、るん♪るん♪⤴   


PS.参考文献

現代語新訳 世界に誇る「日本のこころ」3大名著 ──茶の本 武士道 代表的日本人

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日本人の価値観(異文化理解の基礎を築く)著 原聰(2013年)

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人類哲学序説 著 梅原 猛(2013年)

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