【与那国島 route4】古代遺跡!?与那国島 海底遺跡を訪ねて

神秘の与那国島 海底遺跡を訪ねる

こんにちは。お元気ですか?

ちょうど今ごろが、日本では、最も寒い真冬の季節になりますが、いかがお過ごしですか?
先日、ようやく私の住んでいる町で雪が降りました。(ここは毎年雪はほとんど降らないんです…)
あなたの町はいかがですか? どうぞ、暖かくしてお過ごしくださいね。



それでは、真冬でも気温の高い亜熱帯の島、そして国境の島 「与那国島」のご紹介ですが、
今回が一旦、最後の与那国島シリーズとなります。また、ご紹介の時はお知らせいたします。この次はモデルプランなどのご紹介です。
「与那国島route4」では「海底遺跡」をご紹介いたします。

今までの「与那国島」をまだの方はこちらからどうぞ ➡ 「与那国島route1」「与那国島route2」「与那国島route3」 




与那国島の海底に遺跡!?「海底遺跡」と 初めて聞く方は驚いてしまいますね!
本当に古代文明がこの周辺で発達したのかしら?と興味津々です。


実際、海底遺跡には階段状のテラスがあったり、アーチ門、動物を形取ったレリーフなど、
他にも人が造ったのではないかと思われる変化に富んだ形状が多くあるのです。
だから、古代遺跡! ? それとも自然の成せる技!? さて、真相はいかに… 
その事については「海底遺跡」の見学後に考えてみたいと思います。


「海底遺跡」なんかワクワクしてきますね。では、まずご一緒に見学に行きましょう!!

半潜水艇に乗船  船底のガラス窓から「海底遺跡」を見学

半潜水艇「ジャックスドルフィン号」引用
半潜水艇「ジャックスドルフィン号」引用


与那国空港から車で10分程で久部良港に到着しました。
今回は海底遺跡まで久部良港から高速半潜水艇の「ジャックスドルフィン号」を利用です。
こちらは空港やホテルまでの送迎もしてくれます。



船の定員は58名ですが、半潜水艇の見学室は20名程で満席です。(多い時は交替)
二階建ての造りになっていて、上が外の景観が見える船内で、下が海中が見えるように
ガラス窓のある潜水室となっています。



乗船後、
遺跡ポイントに着くまで船の上の室内ですごします。
イスは 船首から船尾に向かって2つの長いすが窓側に向かって配置されており、
ちょうど長ーいベンチに座るかんじです。

半潜水艇から西崎灯台 my photo


私は進行方向左に座ったので、遺跡ポイントに着くまで
与那国島の景色がよく見えました。
港をでるとすぐに西崎の岬と、白い灯台が段々と迫ってくる感じです。



その後途中、断崖の上に与那国馬たちがいました。
馬たちは断崖のギリギリのところにいて、
落ちやしないかと心配したり。



他にも美しい変化に富んだ奇岩や断崖の情景を楽しむことが
できました。反対の長いす側は広ーい大海原であり、
フィリピン海を眺めながら進んでいきます。
(ご安心ください、帰路は逆になりますので^^)

与那国島 断崖絶壁と与那国馬 引用(AC K.M)


久部良港から 約18分で 遺跡ポイントに到着です。(海の荒れ具合で時間は変わります)
幸い、この日は波もあまり強くなく船の揺れも比較的小さいほうでした。


この与那国島のフィリピン海側は一年中風が強いことで知られています。
酔いやすい人は乗船の30分前には酔い止めのお薬を飲んでおくとよいでしょう。

半潜水艇 船内 海底遺跡


「海底遺跡」のポイントに着くと
船が停泊し、船長さんが下の潜水艇に降りるようにと
案内がありました。下の潜水室は、船の両側が窓ガラスで、
中央に広めの台座形の長イスがあります。



はじめ、左片側(進行方向)の窓から海中を覗き込みました。
すると、海底遺跡の様子が見えてきました。
水平の石段や広い階段状のテラスなどが確認できます。


船長さんの説明を聞きながら遺跡ポイントを見ていると、
これは古代の遺跡なのでは…と思ってしまいます。



続いて、反対の右側ガラス窓に移動ですが、
この時、歩るかず、長イス台座にそのまま横たわりながら、
うつ伏せになってガラス窓から海中を覗き込みます。



すると、急に一人 気分が悪くなられました。
横たわると全身に揺れがくるので、酔いやす方は注意が必要です。
気分の悪くなった、その方はすぐ上の室内に上がりました。



少しでも酔うかもしれない、と思われる人は酔い止めを
服用しておくことをオススメします。酔うと本当に辛いですから。
与那国島でななかなか買えないので、あらかじめ用意して持って行くと良いと思います。
心配せず、より見学が楽しめますから。

 海底遺跡 引用じゃらん 

どうしてこんなに大きな岩場があるのだろうか、
どれも人が加工したような綺麗に形取られた階段や、広いテラスなど…



海中の遺跡と船長さんの説明を聞きながら、とても不思議な気分の中、見学を終え、
再び上の船内室に全員もどりました。
私たちの乘る半潜水艇は遺跡ポイントでUターンして、再び久部良港へと戻っていきます。



戻りは往きとは違う反対の景色。広いフィリピン海です。
大海原をただボーと見ていました。
あの海底遺跡はいったい何なのだろうかと考えながら‥
他の人たちも同じなのか、20名以上いる船内はとても静かでした。




往きは海底遺跡を見れる高揚感と、あと酔わないようにと
少し緊張していたものが、すっかりほどかれ、気持ちが落ち着いた感じでした。
だからか、戻りの船では酔った人も数人でてきました。港に着くのが待ち遠しかったです。

久部良港 my photo

与那国島の「海底遺跡」は本当に古代遺跡なのか!?

海底遺跡 引用じゃらん

それでは、今回の「海底遺跡」の見学の様子をご紹介したので、少し「海底遺跡」についてお話しますね。




新川鼻の岬より約8Km先の海中にある「海底遺跡」は島に近いところにあります。
その海底遺跡は古代遺跡なのか、それとも自然に作られたものなのかって、
今もなお、意見が遺跡自然造物かと二つの説に分かれているようなんです。




見学して実際に見ると、海中に人工的に加工されたような
きれいな平らな巨石がドーンとあり、自然だともっと波に削られて
丸みがあるだろうから、やはり古代遺跡ではないか、と思ってしまいます。




なので、私の中では古代遺跡あって欲しいと願っているのですが…
あなたはどちらだと思いますか?まだ見たことない方は、
こちらを参考にどうぞ~  ⇒海底遺跡写真集(新嵩喜八郎さん)




では、この「海底遺跡」はいつ発見され、どのようにして人々に知られるようになったのでしょうか。




この与那国島海底遺跡は1986年に新嵩喜八郎さんによって初めて発見されました。
今回私たちが利用した、ジャックスドルフィンの創業者の方です。
「海底遺跡」という名も命名されました。




ネットにもたくさん新嵩喜八郎さんを紹介しています、こちらのサイトは
生い立ちなどもあり面白く良かったです。⇒転生人語 「海底遺跡第一発見者の新嵩喜八郎
それから、「与那国島海底博物館」は新嵩さん管理のサイトです。




新嵩さんは発見して、9年間位「海底遺跡」を調べ上げて写真もたくさん撮り貯めたそうです。
(その後もずっと撮影されてます)
その時に撮った写真を刊行され、東京の共同通信社の記者の方に見せたんですね。




そうすると、これにより与那国島の「海底遺跡」がいっきに全世界に広がっていきました。
東京の共同通信社からニュースで配信されると、とても反響が大きくなり、
全日空が島々の紹介の映像を作成するときに「海底遺跡」も選んだそうです。




さらに反響を呼び、全日空が国際線にも利用したら、その映像がBBCで紹介されました。
すると、イギリス作家のグラハム・ハンコックさんがこれを見て、与那国島まで
来られたそうなんです。




グラハム・ハンコックさんは、『神々の指紋』というノンフィクションの超古代文明の考察の
本が1995年に発売され、たちまちベストセラーとなった作家の人です。世界各地を周って執筆され、
本国イギリスで300万部のベストセラー、全世界で600万部のベストセラーとなったそうです。




与那国島の「海底遺跡」の調査もされ、2002年に『神々の世界』で紹介されています。
一応、「海底遺跡」と記載されていますが、学術的には違うところもあったりで、
批判もあるようですが…。与那国島を知るには良いかと思います。




以上、「海底遺跡」が発見され世界へと広まったようすでした。




では次に、なぜ「海底遺跡」が「遺跡」であるというのか見ていきましょう。
「遺跡」であるという証拠とはどんなものなのでしょうか?




その中で「海底遺跡」は 古代遺跡であると強く主張されている代表的な先生が、
琉球大学 理学部の木村政昭名誉教授です。



度重なる調査から、その証拠として、遺跡の外観巨大な石のお城かピラミッドのようであること。
敵を防御したような石垣や、宗教的な儀式で使われたようなレリーフが数々あり、
直角に切り取られた階段大きなメインテラス、人の手によって作られたことを示す
クサビ跡石器類なども数多くあるからだそうです。




また、かつて新川鼻の沖合は陸上であったが、今から1万から1万3千年前に突然急激な地殻変動が起こり遺跡は
海の中に沈んでしまったと言われています。
で、当初は「海底遺跡」も1万年以上前のものと言われていましたが、
現在は遺跡が造られたのは、今から2000年から3000年前頃ではないかと考えられています。



2000年~3000年前ころって、縄文時代から弥生時代の移行期ですね。
こんな巨石を使って、神殿か宮殿か、またはお城を作る技術って日本にはまだ無かったと思います…
真実はどうなのでしょうか?



以上がとても簡単ですが、古代遺跡であるといわれる所以です。
もっと詳しく知りたい方は下記のサイトや書籍をご覧ください。



参考サイト⇒木村政昭教授HP、⇒怪奇動画ファイル
書籍⇒『沖縄海底遺跡の謎』著 木村政昭
   『太平洋に沈んだ大陸―沖縄海底遺跡の謎を追う』著 木村政昭 



ただ、ここ近年になって遺跡説を覆す説、自然にできたものされる説が強まっています。



それでは、次に、これは自然の造形美であるという、自然説について見ていきましょう。



その自然説として、いくつかの解答が出ていますが、
そのなかの一つに、2000年~3000年前に、急激な地殻変動や海底地すべりが起きたという
明確な証拠はないことです。



それから、遺跡全体の石は組み上げた建造物ではなくて
逆に波などによって岩が削られてできたものである、そうなんです。




「八重山層群」という、今から1600万年前に海底で砂や泥が固まってできた地層に、
その後「節理」(せつり)という自然の割れ目が入っていき、その割れ目が波などに
長年影響を受けたことで遺跡の形となったのではないか、といわれています。





以上の自然説は、琉球大学の中村教授と海洋地質学を研究されている
古川教授の見解によるものです。
特に古川教授は実際何度も遺跡の海に潜り調べたことからの見解のようです。




他の地質学者や考古学者の先生たちも「遺跡」と考える方はおらず、
木村政昭教授のいう「古代遺跡」を主張されている根拠は危ういようです。




私は「節理」の説を言われた時、日本の各地に「節理」がある場所を思いだしました。
例えば長野県木曽川の「寝覚ノ床」(ねざめのとこ)です。
川岸の岩が床状や階段状になっていて、これは、「黒雲母花崗岩の方状節理」が見られる様子です。

長野県 木曽川 寝覚の床 引用(AC クルマ旅写真館)


また、福井県の東尋坊は断崖絶壁の奇勝で「輝石安山岩の柱状節理」
とても有名です。地質学的にも貴重で、国の天然記念物に指定されています。
それらの「節理」と似ているのかもしれないとも思いました。

福井県 東尋坊 my photo


以上、自然説についてとても簡単ですがご紹介しました。
自然説についてもっと詳しく知りたい方はこちらのサイトをどうぞ

参考サイト⇒「超常現象の謎解き」
参考サイト⇒「与那国島海底遺跡説批判」
書籍⇒『沖縄(日本の古代遺跡)』著 安里嗣淳



とても簡単ですが、「海底遺跡」は古代遺跡か自然説かという
2つの説をそれぞれ説明しましたが、なんか、自然説が有力かもしれないと
思いもします。



ただ、遺跡説の中心的な主張者、木村教授も科学的に検証をされているそうですが、
科学的に石を調べても有機物を含んでいないため年代を測定するのがなかなか難しいそうなんです。
だから、今もなお「古代遺跡」説を木村名誉教授は押されているそうです。



与那国島には神秘的でロマン溢れる「古代遺跡」説がなんとなく
似合っているのかもしれませんね。
海だけではなく、他にも与那国島のあちらこちらに
「遺跡!」と思うような場所があります。


その中で特に面白いのが、2002年に発見された「巨大人面岩」です。
これは、「海底遺跡」に近い「新川鼻」の岬の高台に有り、
ちょうど「海底遺跡」が見下ろせるところにあるんです。




造りが精巧なので古代の人の手によって造られたのではないかと言われています。
まだはっきりと証明されておらず、研究中だそうです。
もしかしたら、古代の古代、はるか昔の古代文明の人類が造ったのかも…



ムー大陸が1万2000年前に太平洋にあったといわれ、巨大地震で一夜にして水没したと
いわれる説もあるので、
案外、科学的にもっと研究を重ねれば「海底遺跡」は古代遺跡説であったと
なるのかもしれません。
今後も楽しみですね。

巨大人面岩 引用 AC K.M様

アクセス

  • 与那国空港より久部良港まで 車で 約10分
  • 海底遺跡観光船 半潜水艇「ジャックスドルフィン号」
  • 遺跡まで、約18分! 所要時間は約1時間 海況により海底遺跡までご案内できない場合あり
  • ご宿泊先・空港まで送迎あり
  • ※最低催行人数:5名
  • 料金 大人(お一人様)¥6.000-    限定パック(ホテル入船ご宿泊の方)¥4.000-
  • 連絡先 TEL 0980-87-2311(ホテル入船内)

おわりに

今回お訪ねした、与那国島の「海底遺跡」はいかがでしたか?



青い空、紺碧の透き通った海、朝日の美しい東崎、日本最後の夕日の西崎、
茶色の毛をなびかせながら草を食む与那国馬、神の力で立てたと思えるような立神岩、



それらのあまりに美しい自然豊かな与那国島から発見された「海底遺跡」
古代遺跡ではなくても、あまりに素晴らしい自然の造形美に感嘆してしまいます。




どちらであろうと、とても貴重でこれからも大切に保存されるべきであろうと
思います。



今回はとても長くなってしまい、ごめんなさい。
最後までお付き合い頂きありがとうございます。



この「海底遺跡」を書くことで、記述前や途中、
資料やサイト、書籍の参考文献などをいろいろと読みあさりました。



すると、 面白い内容に、つい読み入ってしまい、
時間がドンドン過ぎていきました。



過ぎていく時間のなか、ちょうど自分が40代後半から50代にかけて、
大学で学んでいたころを思い出しました。



あきれる程のたくさんの単位を取得するために、
テストを受ける前に、レポート課題を書かなければなりませんでした。




教科書と参考文献を数冊読み、分からない時には
サイトを読んだり、SNSや、学友グループから教えてもらったりと
年齢も上で、覚えることもなかなか出来ない自分はずいぶん苦労しました。




それでも、その課題に向き合い、いったん入り込むと
自分の知らない、知の世界がそこにあり、その世界が深く広がっていき、
心がとても満たされたのを覚えています。



そんな大学時代を思い出しながら、今回の「海底遺跡」を書くことが
出来たのはとても幸せな時間でもありました。ありがとうございます。




話は変わりますが、寒い時期ですがあなたの町の気温はどのくらいですか?
与那国島は現在、21℃です。(15時15分) 晴れているようです。
私たちの町から思うと、春のような暖かさですね。




北の北海道旭川市はマイナス 6℃です。
25℃の温度差です。ずいぶんと温度差があります。




本当に日本列島は南北に長く、とても気温差が大きい国です。
その温度差のおかげというとちょっと変ですが、日本は自然の多様性が大きく変化に富んでおり、
その影響で文化の特徴なども大きな違いを持つようになったと思われます。

そのような違う特徴を、ひとつの国の中だけで、見たり、味わったり、
体験をすることができるなんて、とても恵まれているなぁと思う今日この頃です。



どうぞ、まだまだ寒い日が続きますが、風邪などひかぬよう暖かくなさってお過ごしください。



それでは、また次回、お会いするまでお元気でいてください!

             ごきげんよう~、    ひかるん、るん♪ るん♪


 

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