大和路の紅葉 令和元年に訪れたい 奈良 壺阪寺 高取城址

壺阪寺 全景

Series 3 山あいの高所に輝く紅葉美  壺阪寺

壺阪寺

こんにちは。
「青空ライフ」にお訪ね頂き、誠にありがとうございます。

2019年10月、台風19号による日本各地の被害が甚大で、心痛極まりなく
被災された方々には心よりお見舞い申し上げます。
一日も早く復興しますように、また被害を受けられた方々の気持ちが
少しでも前に向かれますように心からお祈りいたします。



そのような中ではありますが、
大和路の紅葉の寺院をお伝えし、ご覧頂くことで
あなたの心が少しでも やすらぐことができれば幸いです。
では、心を込めて、お伝えさせていただきます。



さて、10月も半ばに入り、いよいよ秋本番ですね。
日本の美しい自然美のひとつ紅葉も北国から西へと移りつつあるようです。



この「大和路の紅葉 令和元年に訪れたい 奈良」のシリーズも今回が3回目、
まだ、前シリーズご覧になっていない方は是非ご覧ください。



シリーズ3回目は「壺阪寺」(つぼさかでら)、本名は「壺阪山 南法華寺(みなみほっけじ)」と申します。
西国三十三所の第六番目の札所でもあります。


それでは、今日もやさしい歴史と逸話にふれながらご一緒にお訪ねしましょう。



こちらの壺阪寺は、大同3年(703)
元興寺の僧、弁基上人がこの山で修行していた時に、
大切に使っていた水晶の壺を坂の上の庵に奉納後、深く真理を感じ得て観音像を刻み、
おまつりしたことが起こりいわれています。




その観音様をおまつりしているのが、奈良県高取町の壺阪の山あいの高所にある壺阪寺です。
山の境内からは大和三山の奈良盆地を遠くに見渡すことができます。

壺阪寺 奈良盆地を一望

ここの近くには、桜の名所の吉野山があり、春の桜のシーズンではよく吉野山の戻りに
この壺阪寺に立ち寄ったりします。そう、このお寺もまた桜の名所地なんですね。
そして、秋も また素晴らしく、 山あいの緑と赤色に輝く紅葉の彩りがマッチする美しい寺院です。



お寺の境内からは藤原京時代の瓦がたくさん出土しており、とても古い寺院であることが
うかがえます。



元正天皇の時には御祈願寺になったり、平安時代には、貴族たちの参拝も絶えず、
あの清少納言も「枕草子」に、「寺は壺阪、笠置、法輪…」と最初に霊験あるお寺として
表しています。左大臣藤原道長が吉野参詣の後に宿泊したという記録も残っています。



当時の山内は三十六堂、六十坊あまりの大伽藍を持つ大きな寺院で、とても栄えていました。
しかし、度重なる火災と時代の流れにより、のちに衰退していきます。

現在は境内に三重塔と本堂、僅かな諸坊が残されるだけですが、境内の広さに昔の名残りを知ることができると思います。


全国的に有名な 眼病の霊験あらたかな観音様

壺阪寺 三重塔と紅葉

 


あなたの目はどんな具合ですか?よく見えますか?目の病気はありませんか?
年を重ねると、一番最初に年齢を感じるのが目の視力ですね。
私も年々悪くなっているようで気になります。



ところで、ここの壺阪寺は全国的に知られた、
眼病の霊験あらたかな観音様のお寺でもあります。



本堂に十一面観世音菩薩様がご本尊として安置されています。
この観音様に祈願するために、全国各地から毎日多くの参拝者がお参りされます。



ではなぜ、眼病封じの観音様として全国的に有名なのでしょうか?




それには、一つの逸話があるんです。
そのお話が、明治の頃「壺坂霊験記」として人形浄瑠璃で上演されました。
また、歌舞伎でも上演され人気の演目になったり、講談や浪曲でも行われ人気を集めたそうです。



では そのお話をご紹介します。


壺阪の  月に杖ひく  夫婦かな


今から三百年以上の昔、目の見えない沢市は心優しいお里とともに仲睦まじく暮らしていました。
沢市は盲目ながら琴三味線を教え、お里も内職しながら家計を支え
貧しいながらも二人は幸せな日々でした。


ところがある日、お里は明け方の七つ(午前4時)になると、
毎日起きてはどこかへ出かけて行くのでした。


沢市に気づかれないようにそっと出かけていきましたが、
そのうち沢市は気づき、
毎日、毎日早朝にお里はいったいどこへ出かけていくのだろうか、
と不安になりました。


そのお話が、明治の頃「壺坂霊験記」として人形浄瑠璃で上演されました。
また、歌舞伎でも上演され人気の演目になったり、講談や浪曲でも行われ人気を集めたそうです。



では そのお話をご紹介します。


「今から三百年以上の昔、目の見えない沢市は心優しいお里とともに仲睦まじく暮らしていました。
沢市は盲目ながら琴三味線を教え、お里も内職しながら家計を支え
貧しいながらも二人は幸せな日々でした。


ところがある日、お里は明け方の七つ(午前4時)になると、
毎日起きてはどこかへ出かけて行くのでした。


沢市に気づかれないようにそっと出かけていきましたが、
そのうち沢市は気づき、
毎日、毎日早朝にお里はいったいどこへ出かけていくのだろうか、
と不安になりました。




長い月日が過ぎ、目の見えない沢市は「もしやお里に好きな男が…」と思いつめ
とうとうお里に問いただしたのでした。




すると、お里はこの三年間、毎日欠かさずに壺阪寺の観音様をお参りし、
沢市の目が早くよくなるようにと、眼病治癒の祈願祈祷を行い、
願をかけていたと沢市に告げました。



お里から理由を聞いた後、沢市は自分がとても恥ずかしくなり、
その後はお里とともに観音様にお参りにするようにしました。


しかし、その後も沢市の心はなかなか晴れず、自分が盲目であるがゆえに
お里にこんな苦労をさせていると自分を責めていくのでした。


そして、自分さえいなければお里は自由で安泰に暮らせると思いつめてしまい、
観音様のお参り後、先にお里を家に戻し、
沢市は壺阪山の谷にとうとう身を投げてしまったのでした。



家に帰ったお里は、不吉な予感にあわてて壺阪山に戻りましたが、
沢市の姿はどこにもなく、谷の方に向かいました。
すると、沢市のあわれな姿をみつけ、お里も自ら身を投げてしまったのでした。



しかし、その時でした、この様子をみていた壺阪山の観音様が二人を哀れに思い、
二人の夫婦愛が続くようにと、霊験の奇跡を起こしてくださったのです。
沢市とお里の命を助け、なんと沢市の目も見えるようになっていたのでした。

めでたし めでたし^^


今もなお、本堂の横手には、沢市とお里が身を投げた投身の谷といわれる谷があります。


以上、「壺坂霊験記」のお話でした。
いかがでしたか? 
実際、「壺阪寺古老伝」には、弘仁時代(810-824)に盲目の沙耶が壺阪観音様を信仰して、
開眼治癒したと記されており、そのころから本尊の 十一面観世音菩薩様は
広く庶民の信仰を集めていたそうです。


ここから「壺阪霊験記」の話が始まり、
明治以降に人形浄瑠璃や歌舞伎、浪曲などの演目として上演されたことで、
人気となり全国的に知れ、壺阪寺が眼病封じのお寺として有名になったそうです。


とても健気な夫婦愛に満ちた素敵なお話ですね。^^


本堂の八角円堂の脇にはお里沢市の像があります。
そして、そのすぐ下に身を投げた深い谷があり、
行かれてその場に立つととてもリアリティさを感じますよ。
(お墓も土佐町の信楽寺にあるそうです。…行ったことはないのですが)

三重塔と石仏

壺阪寺  三重塔と石仏



上の写真は壺阪寺の境内にある三重塔と大きな石仏です。
三重塔は、明応6年(1497)の創建で重要文化財に指定されています。
春と秋には初層が公開されるときもあります。
三重塔と背景の紅葉はとても絵になり素敵ですよ。



そして、大きな石仏は壺阪寺とインドの交流によって、1960年以降に作られた石仏です。
壺阪寺は昭和39年からインドのハンセン病患者救済を着手されていて、今も交流があります。



そのお礼として、インドから13体の石仏が送られたそうです。
とても迫力のある石仏でひときわ目をひきます。

壺阪寺 石仏

壺阪寺から高取山へハイキング


そして、この壺阪山の後ろの山が高取城址の山です。
壺阪寺と紅葉をご覧になった後に、もし時間的にゆとりがありましたら
オススメの高取山ハイキングコースがあります。高取城址まで歩いていけます。


→  高取城跡 ハイキングコース

こちらでは壺阪寺駅からのハイキングコースですが、壺阪寺駐車場から高取城址入口まで約1キロの距離です。歩くとゆるやかな上りで20分ほどです。



日本屈指の山城で、麓から天守台までの高低差が390mあり、日本一の比高です。
残念ながら、明治になって解体されたので、今は石垣だけ残っています。


また
司馬遼太郎が「街道を行く」で、この高取城址を紹介したことでも有名になりました。



「高取城は、石垣しか残っていないのが、かえって蒼古していていい。その石垣も、数が多く、種類も多いのである。登るに従って、横あいから石塁があらわれ、さらに登れば正面に大石塁があらわれるといったぐわいで、まことに重畳としている。それが、自然林に化した森の中に苔むしつつ遺っているさまは、最初にここにきたとき、大げさにいえば、最初にアンコール・ワットに入った人の気持ちがすこしわかるような一種のそらおそろしさを感じた」



最後にここは、ボランティアガイドさんもお願いすることができ、
案内を聞きながら秋の小春日和の中、美しい紅葉の山あいの中を歩き
天守台跡までいくのもいいですね。

おわりに

今日は奈良県の南、明日香村より南にある高取町の壺阪寺と高取城址をご紹介しました。
是非、一度行ってみたいな、と思って頂けたら幸いです。



紅葉の美しい、お天気も良い時、もし時間的に許されるならば壺阪寺とともに
高取城址もどうぞ上ってみてください。



ただ、高齢者の方やおみ足があまりよくない方はくれぐれもお気をつけくださいね。
壺阪寺は受付すぎて、本堂に上がるまで少しキツイ階段があります。


また、高取城址は山道に入ると勾配がキツイ所もありますので歩きやすく、
しっかりした靴がよろしいかと思います。


それでは、最後までお付き合いいただきまして、どうもありがとうございました。
次回、お会いするまでごきげんよう
お元気でいてくださいませ。
                      ひかるん るん るん♪



団体ツアーのご参考に



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個人で行く場合  JR+宿泊セットがお得でオススメです。

壺阪寺の基本情報

名称壺阪寺 オフィシャルサイト
かなつぼさかでら
住所奈良県高市郡高取町壺阪3番地
電話番号 0744-52-2016
営業時間08時30分 ~ 17時00分
定休日年中無休
子供の料金5歳以下のお子様は無料
小人(17歳以下)は100円
大人の料金18歳以上は600円        障がい者
団体(31名以上)450円   *障がい者手帳をご提示下さい。
団体(51名以上)400円  *車イス専用入口がございます。
オフィシャル
(公式)サイト
オフィシャル(公式)サイトへ
交通情報・アクセス壺阪寺アクセス
近くの駅壺阪山駅市尾駅六田駅
駐車可能台数80台
駐車場詳細普通車 500円
バス 2000円
自動二輪 200円
団体昼食ご利用のお客様(バス) 駐車料金無料

PS. 秋の紅葉シーズンは非常に混雑します。特に奈良は宿泊所の少ないところですので、早めのご予約がベストでございます。飛鳥寺、ご旅行(国内)に関するご質問やご相談のある方は、上のメインメニューのお問い合わせよりお気軽にお問い合わせくださいませ。